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zoom RSS クヴェンプの丘

<<   作成日時 : 2009/08/24 22:55   >>

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Kuvemp Memorial House
1930年代、独立闘争期のインド。マイソール大学で学ぶフーヴァッヤはガンジー主義を信奉する進歩的なインテリ青年だった。気楽な休暇を楽しむために、やはり大学生の従弟と共に故郷のカヌール(ティールタハッリ近郊という設定)に帰省する。ところが一族の長である叔父のチャンドラッヤ・ガウダとその周りの人々の骨肉の争いに巻き込まれ、学業を中断し分家した所帯で農業に従事することを余儀なくされてしまう。失意の中のある日、彼は路傍で自転車に乗った見知らぬ男と邂逅し、短い会話を交わす。

フーヴァッヤはその男の万年筆を拾い上げた。自転車で去っていく男を声を張り上げて止めようとしたが無駄だった。近代技術、英語、せわしなさ、興奮、それにスピード。フーヴァッヤが背を向けてから久しい、進歩を志向する世界が、この遅れたマレナードまではるばるやって来て、ほんの一時自らをひけらかしたかのようだった。自転車とそれを操る男は、変わり続け、進歩し続ける世界の象徴だった。フーヴァッヤの心は、カヌールやムッタハッリに閉じ込められた生活から抜け出して、広大な向こう側の世界に飛んだ。賑やかな街でなら人の注意を惹くこともない自転車が、この野生の世界では稀なる賓客なのだった。つまり、自転車に乗った男は、貪欲に前進を続ける文明化された世界の先鋒として、マレナードに遣わされたメッセンジャーだったのだ。(Kuvempu, The House of Kanooru、ペンギンインディアによる英訳版、P.224より)


半年前にバンガロールの書店で勧められて買ったこの本は、個人的には相当なインパクトをもった内容だった。20世紀カンナダ語文学の代表的作家の一人、クヴェンプ (1904-1994)が1934年に上梓した長編小説。原題である Kanooru Heggadithi (=Mistress of Kanoor) のタイトルで映画化(Kannada - 1999, Dir. Girish Karnad)もされた。

The House of KanooruKanooru HeggadhithiCarvallo


喩えるならば、カンナダ版『ブッデンブローク家の人々』か。マレナードの豪農の一族(クヴェンプ自身も属する有力カースト・ヴォッカリガ、苗字のガウダで知られる)が分裂して悲劇的に崩壊していく様を描く。狂言回しの主人公フーヴァッヤは、どうしようもなく退屈な奴で、感情移入とかそういったものは全くないのだが、20世紀前半のマレナードの生活の百科全書的な記述は価値あるものだ。悪霊に怯え犠牲獣を捧げる人々、黒魔術、獰猛な野生の虎の恐怖、猪狩りの興奮、一生に一度あるかないかの聖地巡礼etc。全編を通して浮き彫りにされるのはマレナードの孤絶性である。あらゆる人間の営みを吸い込んでしまうかのような深い森は、主人公フーヴァッヤを思索的にするが、多くの登場人物を無知の暗闇に閉じ込める。彼がマイソールの大学生活で培った近代的ヒューマニティは、胡散臭いものとして退けられ、また、沿海地方トゥルナードからやってきたシェッティ姓の農作業現場監督は常に邪な他者として描かれる。

自転車が文明の象徴、という80年前の状況はもちろん今のマレナードにはない。しかし外の世界との深い断絶、切り離された小宇宙の気配は現在もなお感知できるように思うが、単なる旅行者の感傷だろうか。

本を買ったときには気がつかなかったが、作者のクヴェンプは、邦訳された唯一のカンナダ語小説である『マレナード物語』(以前にこちらで紹介した)の作者K.P.プールナ・チャンドラ・テージャスウィの父なのだった(資料集)。テージャスウィゆかりのムーディゲレもいつか訪ねてみたい場所だが、ティールタハッリ近郊のクッパッリという集落にある父クヴェンプの生家というのがえらく良さげで、なおかつそのすぐそばにあるカヴィシャイラの丘というのがなんだか分かんないけど凄そうに思えたので、見物リストに加えた。

Kuvemp Seminer HouseKuvemp Seminer HouseKuvemp Memorial HouseKuvemp Memorial House

記念館は Kolavara Heritage から直線ではほんの数キロ。しかし道路が未整備のため大回りの悪路を経なければならず、乗用車で30分近くかかる。オートを頼めるような場所ではないので、大旦那様の運転で連れまわされる。まず最初に行ったのはクヴェンプ記念セミナーハウス(写真左上)。こんなものがあるとは連れていかれるまで知らなかったが、複数の会議室、舞台、図書館、ドミトリーや食堂を備えた堂々たる建物。周りに人家は全くないが。で、何だか分からないうちに何だか分からないセミナーの出席者に紹介されて致し方なく名刺交換したり、司書室みたいなところに案内されて『マレナード物語』の訳者とはどういう関係かなんて尋ねられたり、記念品貰ったり、記念撮影させられたり。えーと、おいら東京では日雇い労働やってんだけど、なんて言いだせる雰囲気ではなくなって、とってつけた皇族スマイルを振りまく羽目に。まあ、『マレナード物語』と The House of Kanooru だけでも読んでおいて助かった(汗)。この先は司書室のスタッフの一人(多分暇だったんだと思うけど)も加わって3人でまわることに。やっぱりここでもヘリテージ・ホテルの御館様の威光は絶大なのだ(大汗)。

クヴェンプの生家には文学的な遺品も展示されているが、同時に民俗学的見地からよく整備された保存建築でもあり、むしろこの面でお勧めできると思う。基本的には泊まっていた宿と同じ意匠の豪華版と理解できた。多くの書籍が並ぶ売店では、大作叙事詩 Sri Ramayana Darshanam の英訳本をつい買ってしまったが、ホントにこれを読む日は来るだろうか。記念館の外には小さな土産物屋兼業の茶店が一軒あるだけ。それ以外には人家も、耕地すらも見当たらない山中。それなのに毎日1便バンガロールからの直行高速バスが運行(片道所要約7時間)しているというのには仰け反る。このバスでやってきた人々は1,2時間かけてこの記念館を見学した後は、どこに行くのだろうか。うっかり尋ねそこなった、激しい疑問。

Kavishaila

カヴィシャイラの丘は記念館から車で5分ほど。在世中のクヴェンプがしばしば訪れて瞑想し、死後埋葬された場所。近年になってストーンヘンジを思わせる石のモニュメントが建立された。ここは素晴らしい、息を呑む。「高所で眺めが良い」というだけなのに、理屈抜きで人の心を直撃する力がある、こういう場所は久しぶりだ。後から付け加えられたモニュメントも興醒ましになってなくて、結構センスがいいんだよ。ここに腰を下ろして、御館様と知り合いの司書さんと一緒に、日没近くまでのんびりと過ごす。この旅行で最高の至福のひと時だったかもしれない。

デジカメのパノラマ・コラージュはやっぱ難しいね。パキッとしたイメージはこちらさんなどで。
Kavishaila

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