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zoom RSS 遠足の後のアーンドラ・ミールス

<<   作成日時 : 2010/08/26 13:25   >>

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9月4日、ヴィジャヤワーダ滞在最終日。本当は市内でゆっくり買い物して映画見物をしたいと思っていたのだ。しかしホテルのフロントに尋ねると、本日も引き続きバンド状態が続くだろうとのこと。そして映画館も例外ではないだろうと、気の毒そうに言われたのだ。さてどうしよう。

結局この街でも唯一の指南書となってしまったロンリープラネットによれば、クリシュナー川を渡った先の村に7世紀の石窟寺院の遺跡があるという。バスでのアプローチが可能だということなので、ここに行って見学して帰ってくることだけを本日の目標としようと思った。遺跡の名前はウンダヴァッリ、グントゥール郡のシーターナガラムの郊外にある。

相変わらずひっそりとした街をぶらぶらしながら(ところどころ掟破り的に営業していた茶店には人だかりがしていた)、結局オートが捕まえられずにバスターミナルまで3,4キロを歩くことに。バスターミナルでは例によって右往左往したが、なんとかオンボロ路線バスに乗りこんで、約30分のドライブの後、遺跡のまん前で降ろされた。

ウンダヴァッリの石窟寺院遺跡は、田圃の中の小さな丘の中腹を刳り抜いた64の石室からなる。主神であるコブラの上で横たわるヴィシュヌ神(Vishnu Anantasayana)をはじめとした大小の石彫がひんやりとした石室の中に佇む。一説には仏教遺跡だったとも言われる。たしかに横たわる神さんを眺めてると、東南アジアの仏蹟に来たかのような気持ちになる。

そうは言うものの、芸術音痴にとってのこの遺跡の最大の見どころは、てっぺんからの眺望ということになるだろうね。どこまでも続く田圃とそれを縁取る椰子の木の列、ところどころの椀を伏せたような緑の小山がアクセントとなっている、まさに田舎ものテルグ映画の風景そのもの。しかしカメラのフレームの外側には、あまりゾッとしない眺めも展開していた。遺跡周辺の集落の外れなどに塵埃が無秩序にぶちまけられているのだ。人里離れた特定のポイントが投棄場所となっている、というのではない。人家が途切れた僅かな隙間、崖っぷち、橋の下などに不燃系を含むゴミが堆積しており、ところによっては臭いもかなりのもの。普通に生活していれば嫌でも目に入るはずなのに、なんでこんなことになっているのか。これまで南印の他の3州でもここまで酷いのにはお目にかかったことがなかった。

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1時間ほどを過ごして、遺跡も堪能したので、ヴィジャヤワーダに戻ろうと思った。時刻は午後3時ちょっと前、朝食が遅かったのでなんとか保ってるけど、街に戻って遅めのランチをとったほうがよさそうだ。ゲートのところで帰りのバスの時刻とバス停の場所を尋ねる。ところが返ってきた答えは、「今日はCMを追悼する特別な日だからもうバスはないよ」。はあああ〜?!

だってだって、ほんの1時間ちょっと前にバスでここまで来たんだよ〜、と言ってみても、ないものはないんだからしょうがない。白昼に眼の前が真っ暗になる。あたりは田圃ばっか、細い一本道に車の往来はほとんどない。ごくごく稀にやってくるオートは既にどれも満杯の乗員。往路ここに来るまでに30分もバスに乗った、それを歩いたら何時間かかるのか。もちろん道も覚えていない。ともかく遺跡から1キロ弱のところにあった最寄の集落をめざして歩く。この日の夜8時過ぎにはヴィジャヤワーダ駅にいなければならないのに、どうしたものか…。

集落に入っても、ひと気はあまりない。忽然と視界に入った空のオートに駆け寄ってみるものの、運ちゃんはむっつりと身振りで乗車拒否。それじゃあ、もひとつ隣の集落まで、と諦めて歩き出したところ、自宅の庭の手入れをしてるオッちゃんに呼び止められた。訳を話すと、ワシがなんとかしちゃるからあそこのバス停で待っていなされ、と50メートルほど離れたところにあるバニヤン樹の木陰を指差す。大人しくそこで待ってると、やがてやって来た既に客の乗っているオートを呼びとめて、オッちゃんがなにか交渉してくれたようだ。オートの運ちゃんは、ヴィジャヤワーダまでは行けないが、シーターナガラム村の中心部まで乗せてあげるからそこで次のオートを捕まえな、と仰る。ともあれ助かった。庭いじりのオッちゃんに大感謝。

5分ほどで村の中心部。幸いな事に乗り継ぎのオートはさほど間をおかずに捕まった。再び走り出して5,6分後、いきなり前方にプラカーシャム堰が現れる。あれっ、あれっ、こんなにヴィジャヤワーダから近いとこだったわけ??要するに往路の路線バスは無闇に遠回りしていたんだわな。一気に脱力、そしてどっと疲れた。まともな地図を持ってたらここまで慌てる事もなかったはずだが。

ほっと一息ついたら空腹が押しよせてきた。MGロード沿いのホテルゲートウェイに乗り付ける。あてずっぽうではあったが街中の一般レストランの営業が期待できないのだからとりあえず高級ホテル。午後4時前という中途半端な時間だったけど、とりあえず1階のレストランは空いていて、しかもローカル料理がメニューにあった。迷わずアーンドラ・ベジタリアン・ターリーを注文。

これは見た目からして素晴らしかった(残念ながら英語の説明のみのメニュー)。もの凄いボリュームだったけど臆せず切り崩しにかかる。「アーンドラ料理はともかく辛い、ダールですら辛い」なんていう言説も世の中には流布してるようだけど、そんなことはなかった。辛いものはとてつもなく辛かった(ドラムスティックのカレーなど)が、ダールはまろやか、そして淡雪のように美しいが他の辛いアイテムの後に甘露のようだった。

アーンドラ料理と言うものに関しては、これまでに経験したサンプルが少なすぎて、分ったような口をきくのがはばかられる。これまでチェンナイ、ハイダラーバード、東京でアーンドラ料理を看板に掲げる店に入ったが、どうも今ひとつ特徴が掴めなかったし、感激の美味にも出会えなかった。ヴィジャヤワーダに着いた日に入った庶民派食堂のものは煮詰まったような酷い味で、郷土料理というよりは全印共通の安食堂の味という印象だった。判断を下すための経験値が少ないことに変わりはないものの、ここでの出会いは今後の指標となりそうな気がしたのだった。ハッキリここで書いておこう、ヴィジャヤワーダのゲートウェイホテルのレストラン、かなりお勧め。

思うに任せない事ばかりだったヴィジャヤワーダ滞在だったけど、とりあえず最後に旨い飯にありつけて満足。夜8時過ぎの列車に乗り込み南へ向かう。折りしもケララからは良い知らせが来ていたのだった。

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