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<<   作成日時 : 2009/11/02 19:14   >>

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カルカッタ地鐵の巻。


こんなの絶対嘘だああ〜。Yuva (Hindi - 2004) Dir. Mani Ratnam より。

今回カルカッタ再訪を決めたときに一番ワクワクしてたのは実は地鐵乗車。こちらなどに記されてるように、1973年に建設を開始して1984年に5駅間が部分開通、当初の計画部の全面開通は1995年。20年を超える建設年月の間に市民が被っただろう不便は想像に難くない。そして2002年のデリー・メトロ開通までは印度で(そして南アジアでも)唯一の地鐵、これをいかに市民が誇りとしたかもまた。

1985年に訪れた際には中心部の5駅がオープンしてホヤホヤだったはずなのだが、当時は地鐵の存在など夢にも知らず、ただただ地上を歩き回っていた。なんという惜しいことをしたのだ。もう現物は手元にないが、そのときの自分にとっての唯一の旅行指南書『地球の歩き方インド』にもまったく記載がなかったと思う。そういう時代だったのだ。そして今年8月になって14年ぶりにさらに4駅の延伸という情報が入ってきて、絶好調に盛り上がったのだった。

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セントラル駅の入り口。壁画にはサタジット・レイの顔が見える

 このように多大のコストと時間を費やして完成した地下鉄だが、ここで問題なのは、それではこの地下鉄がその建設の目的であったカルカッタの交通渋滞の緩和に貢献しているかという問題である。
 残念ながら今のところ充分に役立っているとは思えない。一言でいえば利用者が少ないのである。毎日五百五十万人とも六百万人ともいわれるカルカッタのコミューターのうち、エスプラネード−トリガンジ間が先行して開通していた時期の、この両駅間の利用者は一日五万人にすぎない。その後全線が開通して乗客が増えても大した効果は出ていないようである。地上に出てみればわかるが、バスはやはり以前のようにやたら込み合っている。よって地下鉄は当初から赤字運営を続けている。

(中略)
 
 それでも、である。
 カルカッタの地下鉄には、他の地下鉄にはない何かがある。それは「カルカッタの誇り」あるいは「カルカッタの意地」といってよいかもしれない。十二枚綴の回数券を買うと(それは一枚の切符に十二回分の記録がされている)、券をしまっておくケースをカウンターのおじさんがひょいと渡してくれる。それを裏返してみると、そこには"The Pride of Calcutta"の文字が印刷されていた。(中谷哲弥「プライド・オブ・カルカッタ! 植民帝国の形成と地下鉄の誕生」より。1996年発行の『インド大発見読本』に所収)


2009年に実際に乗ってみた感想はというと、「利用者が少ない」なんてとんでもない、ということだった。もちろん地上の各種交通機関も相変わらずの混沌だが、地鐵だって充分に込み合っている。土曜日の真昼間に複数回乗車したが、メタ混み。そして遅れも。クソ暑いホームで何のアナウンスもなく30分近く待たされて、脱水症状で倒れそうになった。日曜の昼間にはなぜだか突然の全面運休。同じ日に行われたCPIMの大規模デモと関係があるのかどうか。これは俺の知ってるスマートでクールな都市交通機関としての地鐵じゃあない、なんだか分かんないけど何か別のものだ、というのが仮の結論。南アジアどころか地球上で唯一じゃないか、プライドを持つのも分かるよ。ということで、都市交通マニア、時間のあり余ってるバックパッカー以外にはあまりお勧めできない乗り物なのだった。

それから、上に引用した記事には、"The Pride of Calcutta"の文字が印刷されたチケット入れの写真が掲載されているのだが、2009年に買った30日間乗り放題チケット(ゾーンT限定で乗車の上限は40回、100ルピー)のケースはこういうことになっていた。この変更の理由は何なのか、カルカッタ→コルカタ、ウエスト・ベンガル州→バングラ州の変更よりもずっと気になる。ちなみにこの Multiple Ride Ticket (MRT)、カウンターのおっちゃんに100ルピーだぞ本当にいいのか?と念を押されながら買ったのだが、3.5日の滞在で使ったのは30ルピー分にもならなかった。それでも中心部の駅のチケットカウンターの大行列を考えればお得な買い物だったと断言できる。「本当にいいのか?」というあたりから、ツーリスト価格を離れた基本的生活コストのべらぼうな安さが実感してもらえると思う。



しかしムカッ腹のたつこともあった。地上の出入り口のところに大抵2,3人の警備員が詰めてるのだが、まずは入口を撮影〜なんてやってたら、大声で呼び止められデジカメの撮影データを全て消去させられた。公道上から出入り口を撮影しただけのものも含め例外なく、だ。撮影禁止のローカルルールがあるのは知ってたからこちらに非があるのは否定しない。が、高圧的な命令口調にはやはり気分が悪くなった。それにしても解せない、あんたらこれを誇りにしてるんじゃなかったんかい? 一体何を恐れているのだ? 改札に行くまでにボディチェックがあるのは納得できるが、オッちゃんたちの根拠のない権威主義にはゲンナリした。ホームに入ってしまえば制服の警備員はいない。しかし周りの乗客が煩いこと言いやしないか不安だ。おまけに今回持参のカメラはコンデジにしてはごっついのでかなり目立つ。ここで官憲と揉め事を起こしたら、この先に控えている大事なイベントに支障をきたしかねない。泣く泣く携帯での隠し撮りで我慢したのだった。

乗り込んだ車内には冷房もなく(あったのかもしれないが機能はしていなかった)窓は全開。車内アナウンスもあったのかもしれないが轟音でかき消されてしまって聞こえない。ホントに最低限の設備しかないんだ。その代わりに乗客の間には押し付けがましくない程度の助け合いの精神が生きているようで(君、次の駅では今寄っかかってる側のドアが開くよetc.)心洗われたのだった。

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